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クラフティ・ネット発のソーシャル・エッセイ。 活動記録なども盛り込みつつ。
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ソーシャル・イノベーション・ギャザリング (mitsue)
ソーシャルイノベーションアワード

9月2、3日はSIJ主催のソーシャル・イノベーション・ギャザリングに参加してきました。
場所は六本木ヒルズ内のアカデミーヒルズ40。

今年で第2回目になる今回は、第一線で活動されている社会的事業家の方々の講演の他、ソーシャルビジネスアウォードの表彰式もありました。写真は、その表彰式の様子。(望遠気味ですみません)社会的ビジネスを見事確立させ、表彰台で喜びを語る皆さんはとても輝いていらっしゃいました。

さまざまなセクターの人々が集まって英知を出し合うワークショップでは今年も新たな気づきやヒントを得ました。今回はペルソナ(架空の人物)を想定したシナリオ方式のワークショップで、テーマとなるペルソナは「小学生」、「大学生」、「1児の母」、「外国人留学生」、「高齢者」の5人の人物。それぞれに悩みを抱える5人のライフスタイルのサンプルデータから現状の問題点を洗い出してそのソリューションを探り、その結果としての未来像を描き出していく…という作業。

年齢も立場も全く異なる5人のペルソナですが、彼らが抱える問題を解決するキーワードは共通していました。それは人と人とのつながりを基本とした「地域コミュニティ」。現在の日本にいかに機能的なネットワークが存在していないかを思い知らされた気持ちです。しかし、それも小さな努力の積み重ねで解決することができるということも事実。
皆で社会を「共創」するというモチベーションを結束し、行動につなげていくことの重要さを確認しました。

今年も大盛況のうちに幕を閉じたこのイベント。
来年にはまた更なる発展と希望が生まれますように…

***

さて、久々すぎるこのブログの更新ついでにささやかなマニフェストを1つ掲げたいと思います。
昨年のこのギャザリングで知り合った方のネットワークをツテに、今後は当組織本来の目的である職人さん同士のネットワークをWEB上で構築していく予定です。
メンバー全員が副業でこの事業をやっていることもあって、行動ペースの遅めなユニットではありますが、長期スパンで「日本のモノづくり支援」というテーマに取り組んでいきますので、どうぞ御支援のほど、宜しくお願いいたします。
映画「ザ・コーポレーション」を観て (mitsue)
ドキュメンタリー映画の「ザ・コーポレーション」を渋谷のUPLINKSで観てきました。

この映画では、「現代の覇者は企業である」とした上で、モラルをなくした企業が巻き起こす社会問題を次々と提示。(ただし、問題は「企業」そのものにではなく、エスカレートした資本主義自体にある訳ですが)
それに対して我々市民はどう行動すべきか?というテーマを投げかけていました。
私達のアクションこそが、未来を変えられるのだと。

恐らく21世紀は「市民力」が問われる時代になる、と常々感じていましたが、この映画の公開によって、その辺りの兆候がより鮮明になってきたように思います。

しかしながら、企業(あるいは政府)とメディアが結託して、市民を洗脳し無力化させることは実にたやすいことなんですよね。(この映画では、そんな恐ろしい事例さえ紹介しています。)
では、それに対抗するにはどうすればよいのか ------ とにかく私たち自身が無知に付け込まれないように勉強をする。そして自らが「経営者」になったつもりで社会構築をシミュレーションしてみることが、1つの有効な手段ではないでしょうか?
ちょっと極端な物言いに聞こえるかも知れませんが、よもやそのくらいに物事を突き詰めていく行動力と主体性を市民の一人一人がもたないと、実際問題、世の中に起こっている出来事を判断し、真実を見極めることは相当難しい時代になっているような気がするんですよね。

その意味で、私達がこれからの時代を生きていくために必要なものとは、様々な要因から未来を予測する「想像力」、そして現状を見据えた上で新しい未来を構築していく「創造力」ではないかと個人的には思うのです。
もしかしたら、ここ最近の起業ブームの根底にあるものは、そうした「時代を生きるための経営者能力(あるいは精神)」を、無意識のうちに人々が追い求め、養おうとしている1つの潮流なのかも知れません。

「サバイバルシネマ」というキャッチのもと、これからどう生きるかを深く広く考えさせてくれる映画でした。企業人のみならず、これから社会をどう生きていったらいいやら不安な人、いろいろ人生に迷っている人(特に若い人!)にも是非観てもらいたいです。

☆この映画から得られた「明日への一歩」
社会問題について、より多くの「視点」を生み出せるよう、若い人達はもっと気軽に議論しよう。
「日常会話で政治的話題はタブー」の若者文化からの脱却、すべてはそこから。
そして沢山の書籍を読んで、世界を学ぼう。(と自分にも言い聞かせつつ)
謹賀新年
あけましておめでとうございます。

幾度年が明けても、変わらないことがある。
それは、「今を生きる一刻一秒の中にチャンスが秘められている」ということ。

そんな言葉を胸に、今年もさまざまなセクターとの対話をはかりつつ、社会事業をやっていきたいと思います。

2006年は、八王子市での地域活性化イベントに身を捧げて参ります。
これがクラフティ・ネットの、ミッション実現への第一歩。

今年もどうぞよろしくお願い申し上げます。
「LOHAS投資」を考える 〜21世紀の"賢さ"とは (Mitsue)
様々なセクターの方達のお話を聞いていると、つくづく今この時期が1つの時代の節目にあることを肌で感じる今日この頃。大競争時代、勝ち組・負け組という流行語にみられる「2極化」現象をあらゆるシーンで目にします。

特に、知恵と創造力をもつ人が1人勝ちする今の時代においては、「賢いテクニックを知っている」「賢い生活をしている」ことが人的魅力の一つとなり、これまでの黄金ステータスだった「学歴」に代わる評価にもなりうる --- そんな風潮さえ出てきました。

特に最近そういった傾向が顕著に見られるなと感じるようになったのは、電車の中吊り広告によくあるマネーゲームの煽り見出しです。『賢く儲ける』---マスコミのこんな殺し文句をうけて、株投資に走る人が急増しているのだとか。

ところが、投資対象にある企業の経営状況を示す情報は溢れていても、その企業が社会的にどういう役割を果たしてきているのかを判断するための材料は、市民側に十分に提供されていないような気がします。

人は何のために資金を託すのか。キャピタルゲインにとらわれない、広い意味での「投資」を考えるときが、そろそろ訪れているのではないでしょうか。

竹中平蔵氏が経産省大臣だったときに、とあるTV番組で、「手持ちの50万円を倍にするにはどうすればよいか」という質問に対して、「自分磨きに投資するのが一番有効だ」と回答していました。これも投資の1つの形。

それに加えて、「自分が支援したい事業・会社に投資する」という、そういった本来の投資のあり方を広く人々に見直してほしいと個人的には思います。

貯蓄から投資へと、お金の流れが変わっていくのであれば、私たちが自分の住む街をどのようにしていきたいのか、その未来図を想定しながら資金提供を行っていくのが、もっとも有益で理に適った投資ではないでしょうか。
投資したお金が社会サイクルにうまく乗っかって循環し、社会が変化していく。結果としてお金ではなく、自分が望んだ社会の姿を「配当報酬」として受け取る。こういうのを最近は「SRI(社会的責任投資)」と呼ぶそうですが、今後もっと広い層に知られてほしい概念ですね。

物質的に豊かになった日本、これからは精神的な成熟を求められる時代になってきました。最初に述べた「知恵としての賢さ」と、これから必要になってくる「精神的な成熟」とは、おそらくイコールではないように思います。

では、21世紀における「賢さ」とはいったいどんなものでしょう?私は「LOHAS」に代表されるラディカル・エコロジーにそのヒントがあるのではないかとみています。資本主義でも社会主義でもない、持続可能性を重視した思想。
しかし、ラディカル・エコロジーについてはジャンルが細分化されていて、まだよく知らない部分が多いので、また調べていろいろ考えることにします。

なんか新聞の社説(の出来そこない)っぽくなってるな、、などと反省しつつ終了。
次回からはもっとカジュアル(?)に!
ファッションボランティア/ITボランティア(yayoi)
2005年夏に大流行した日本版「ホワイトバンド」を企画したのは、「サニーサイドアップ」という会社。中田英寿さんや乙武洋匡さん、大黒摩季さんなどをプロデュースするPRプロモーション会社で、社長は30代の女性です。

このホワイトバンド、なぜか高値取引されていたり、「腕に白いもの」を巻くことで貧困根絶を訴えるという運動なのに、日本では携帯ストラップとして販売されていたりして、本来の趣旨からそれつつあるようですが・・。まあ、それはそれとして・・。その他にも、ピンクにライトアップされた東京タワーなど、賛否両論あるとはいえ、印象的な宣伝方法がNGO・NPOの資金調達に効果的であることは疑いがないですね。

他方で、インターネットが普及して、資金調達の方法も一変しました。国内の地震への援助も世界の災害被災地へも、携帯で、インターネットで、クリックすれば募金終了。

NGOもNPOも資金調達は一番の悩みで、雨後の竹の子のように非営利団体が誕生する現在は、従来のような素人の手法では資金が集まらない。専門の広告会社に依頼したり、IT対応しなければ生き残れないのでしょう。

個人的には、たとえ人々の関心が一時的だとしても、世の中の問題に多くの人が目を向けるという意味では、どんな広告方法も悪くないと思う。ただ少し恐いのが、募金やボランティアを呼びかけた根本の問題がバーチャル化していくような気がすること。

バンドを付けたら、世界の貧困が解決したと思ってしまわないか。
携帯から募金したら、被災地で苦しむ人がいなくなったと思ってしまわないか。

「何もしない」よりは、バンドを付けたり、募金したりする方が断然いいに決まっていると思う。でも、やはりファッション性のある行動や手軽な募金などは、その人に、その問題について継続して考える気持ちがないと、意味がないものに終わってしまうような気がします。

貧困で食事を満足に取れない人、地雷で足を失った人、地震で家族を失った人。つらい現場を見ていないのに、何となく問題が解決した気になってしまわないでしょうか。ファッションも募金も一過性のもの。悲惨な現状に心を痛めても、多くの人はすぐに、平和な仕事や家庭の日常に戻り(れ)ます。現実の問題は何も変わっていないけれど。

これは、広告の手法云々ではなく、社会問題に対する個人の感じ方、社会のあり方なので、踏み込みにくい領域ですが、やはりボランティアは、ファッショナブルになりすぎたり、お手軽になりすぎると、現実との乖離が大きくなると思います。

「じゃあ。偉そうに言うあなたはどうなの?」と問われると、困るのですが、まわりの情報に流されず、自分の頭で考えて、足を使って行動しようと思います(回答になってない?)。

私事ですが、このテーマのきっかけは、テレビで瀧川クリステルというキャスター(美人)がホワイトバンドを紹介していたこと。翌日、彼がホワイトバンドを買ってきた。そのバンド、今はクローゼットの中。彼は今、バンドを通じて訴えかけられていた意味さえ忘れているのだろう。

最後に蛇足ですが「赤い羽根共同募金」

ずっと民間ボランティア団体の活動だと思っていたのですが、実は、法律に基づく国の事業(事業体は社会福祉法人だが)。ぜーんぜん知らなかった。知らなかったの私だけ?意外と知られていないんじゃないのかしら。

今までは、高校生が朝から大声出して呼びかけてるのがかわいそうで(いや、かわいらしくて)、つい、募金してしまってたけど、来年からはやめようかな。だって、国がボランティアで資金を募るなんて、矛盾してないかな?アンフェアじゃないかな?国には税金という資金源があるじゃないの。

「法律や条例などにより定められ、公平に行われています。逆に言えば、新しい要望や予想外の状況に臨機に対処できない場合が多い」などと説明してますが、そりゃあ、柔軟に対応できない国の技量に問題ありで、さらに国民からお金を徴収しないでほしいなあ(任意とはいえ、町内会の町長さんなどは協力しなければならない雰囲気があるらしい)。

赤い羽根、2004年度は230億円の寄付が集まったそうです。

もしも国が関与していることを知ったら、同じ金額が集まるのかしら。非難ごうごう出ないかな?だって、福祉目的の消費税増税へは国民から大批判。国の名前を出さない戦略、大成功ですね。

まあ、私の募金額なんてたった100円だったから偉そうなこと言えないけど。
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